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2018年度前期 明治大学リバティアカデミー 大阪出張講座


 「日本」という国号はいつ、どのように成立したのでしょうか。通説的には、701年の大宝令の施行、直後の遣唐使による中国側の承認を経て定まったとされます。しかしここからはなぜ「日本」か、その積極的な理由が導き出せません。本講座では、「倭」から「日本」への転換の背景と意義を、通説を離れ、7世紀の東アジア情勢にまで遡り考察します。その際注目されるのは、660年の百済の滅亡、663年の白村江の戦いと「倭」の敗退、そして668年の高句麗の滅亡と続く東アジアの大変動です。近年、当時に直結する百済人「袮軍墓誌」が中国で発見され、「日本」の名が確認されました。これを軸に置き、607年の遣隋使・小野妹子がもたらした「国書」、下っては「井真成墓誌」まで視野に入れ、「日本」の成り立ちを全面的に講じます。

新発見「袮軍(ていぐん)墓誌」を手がかりに、660年代の朝鮮半島の変動を論じ、国号 「日本」の成立の背景に迫る。

7世紀の倭のイメージ、遣隋使のいう「日出ずる処」、遣唐留学生「井真成墓誌」などから「日本」の成立を論ず。